レモンのひとりごと

1人暮らしのひきこもりなアウトドア。旅、キャンプ、アニメ、小説、料理、ジャスミン茶、鶏の唐揚げが好き。

「ブログ」の信頼性なんて心底どうでもいい

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「ブログの記事なんて信用なんねえよな」

 

この前、電車で中でふと聞こえてきた会話。

 

そんな会話に、私としての解を提示したい。誰も求めていないのは知っている。知っている。

 

 

信頼のソースにおけるブログの位置づけ

これだけブログが世に溢れかえっている時代。

 

ただ日記のようなブログから、雑記系、レビュー系、情報の切り貼りしただけのまとめ系。

 

それはもうイワシの大群くらいいる。しかも無秩序に。

 

スイミーだったらブチ切れている。

 

そんなブログのスイミー時代である現在、正しい情報が記載されているかも不明な状況の中、料理のレシピを調べる時、新作映画の評判を確認したい時、商品の購入を迷っている時、信頼のソースとして「ブログ」を選択する人の割合は、かなり多いと思っている。

 

N数は自分の周り程度だが。

 

例えば、パソコンを買おうか迷っている時、そこそこの買い物になるため、安易に即買いすることはないだろう。

 

そんな時、たぶん最も信頼するソースは、その分野に詳しい知り合いや友人だろう。

 

ただ、次点でブログやAmazonなんかのレビューではなかろうか。

 

公式サイトやアフィリエイト感のあるサイトでは、商品を売りつけるためになんとなく誇張しているように見えてしまう。これは、ショップ店員にも同じことが言えるが。

 

ただ、なかなか身近にその分野に詳しい人がいるケースも多くないので、結局はブログを信頼の寄り所にしているケースが多いと思うのだ。

 

そんな私も人様のブログには大変お世話になっている。

 

特に、小説の書評ブログや、キャンプサイトのクチコミ情報などはよく参考にさせてもらっている。

 

とはいっても、全面的に全てのブログを「ほうほう、そうかそうか、まぢか」と思っているわけではなくて、自分と価値観の近いと感じる人のブログを基本的に参考にしている。

 

 

ブログの持つ力

話は変わるが、ブログという媒体は時として、人の人生の方向をスルりと変えてしまうことがあるほどの影響力を持つ。

 

私の場合、高校生の時に、もう名前は忘れてしまったが、mixiインド旅行記が好きでよく読んでいたのだが、二十歳になる直前にそのブログのことを突然思い出して、インドに飛んだ。

 

「インドへ行かなければいけない」と思わされるほどの表現力だった。

lemolog.hatenablog.com

 

他にも、今の自分の物事の考え方や、世界の見え方、思想を形成する上で影響を受けたブログがあったりする。

 

自分の頭の中にあるモヤモヤと霧がかった感覚をズバリの言葉で表現していたり、こんな物事の考え方は素敵だなと、思わせてくれるブログのことだ。

 

 

結局の所

ブログに書かれていることが正しいかなんてどうでもよくて、そのブログに共感できるかどうかが全てのような気がする。

 

正しい情報にアクセスしたいなら、同じ分野の本を10冊くらい読めばいいだけで、「第三者的な信頼性」と「信頼したいかどうか」は別の問題なような気がする。

  

「この人は私と近い感性を持っていると感じるから、この人がいうのなら信じてみようとか」

 

そんな根拠も何もないけど、信頼したくなるブログっていうのは、人それぞれ違うと思っている。

 

だから正しいかどうかなんかよりも、人それぞれが信頼したいと思うブログかどうかだってことのだけ。

 

 

まとめ

「ブログなんて素人が書いたゴミだ」なんて一蹴してしまわないで、自分の感性に共鳴するブログを見つけて、自分が好きなように解釈すれば、そのブログは自分にとって信頼のおける媒体になると、そう思います。

 

以上