レモンのひとりごと

1人暮らしのひきこもりなアウトドア。旅、キャンプ、アニメ、小説、料理、ジャスミン茶、鶏の唐揚げが好き。

職場における「理不尽な叱責」との向き合い方

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初めに、私の主張の立ち位置を明確にしたい。

 

私は人にアドバイスができるほど出来た人間ではない。ただ、社会で頑張るサラリーマンの方々と痛みを分け合いたい。ただ、それだけが願いだ。

 

目次

 

真剣に働いているのに

真剣に働いていたのに理不尽に怒られることほど、仕事へのモチベーションが下がることはない。

 

理不尽にあらがったり、イライラしたりするよりも先に、なによりも泣きたくなる。

 

分かる。痛いほどその気持ちが分かる。

 

家への帰り道、音楽を爆音で聴いて、なんでもいいから叫び出したくなって、誰かに思いっきり愚痴をぶちまけたくなって、でも情けないからと、コンビニでお菓子とビールを買って、一人で泣き出したくなる、その気持ち。

 

こんな時こそ、気持ちに整理をつけるために、ゆっくり湯船にでも浸かって冷静になるといい。 

 

自分に落ち度はなかったか

向き合うべき相手は自分だけだ。他人を介入させるべきではない。

 

他人の存在や考えと向き合っても永久に答えは出ないし、他人を変えることもできない。まさに闇の中に自ら飛び込んでいくようなものだ。

 

まずは、理不尽に怒られたと思い込んでいないか、本当に自分に落ち度はなかったか考えてみるのはどうだろうか。

 

真剣にその仕事に取り組んでいただろうか。

納得感を持って仕事をしていただろうか。

なにか相手を苛立たせるような原因は自分にはなかっただろうか。

 

ここでいう「真剣」とは、パフォーマンスのことを言っているのではない。自分の能力の範囲の中で精一杯だったかどうかが大事なのだ。

 

もし、中途半端な仕事をしていた自分に気がついたのなら、それは間違いなく自分の責任だ。

 

そして、答えは簡単。その失敗を糧に次に活かせばいい。

 

素直に自分の失敗を受け入れることができれば、他人にイライラすることないだろう。

 

 

他人の責にしていないか

「自分は悪くない。上司に支持された通りやっただけなのになぜか自分が怒られた!」

 

分かる。ものすごく分かる。

 

でも、それは本当に全て上司のせいだったのだろうか。

 

指示された後に、ちゃんと納得するまで確認して、納得感を持って仕事をしていただろうか。

 

納得感がないと真剣に仕事なんてできないため、もし真剣に仕事をしていなかったら、自分にも非があったことを素直に認めるべきではないだろうか。

 

他人のせいに、上司のせいにするとどうしてもイライラする。それはメンタルを揺さぶるし、表情にも出るし、態度にだって出る。そして自分を苦しめる。

 

ちゃんと自分の中で咀嚼して、他人のせいにしたくなる後ろめたい気持ちが自分の中にないか、ちゃんと探してみよう。

 

痛みを伴うだろうが、誰かを恨んだり、イライラしたりするよりは、よっぽど精神衛生上いいと思う。

 

 

理不尽な叱責との向き合い方

それでもやっぱり、自分は真剣に仕事を取り組んでいて、なぜ怒られたのか分からないのであれば、それはもうしょうがない。

 

あなたは絶対に間違っていない。

 

それが自分のベストだったと胸を張って言えるのであれば、間違っても自分を責めてはいけないと思う。

 

真剣に考えて、真剣に取り組んだことなら、なんと怒られようとも、それは正義だ。

 

正義のことをやっただけだ。

 

「立場が上の人に怒られたのだから、自分が間違っていたのだ」なんて卑屈になる必要は絶対にない。

 

自分が正しいと思って、そのことに納得して、責任を持って、真剣に仕事をしたなら、それは間違いなく自分にとっての正義だ。

 

自信を持って明日からも仕事をすればいいのだ。

 

 

まとめ

仕事をしていると大変なことがたくさんあるが、どうか気持ちにうまく折り合いがつけられることを切に願います。

 

以上